領土併合予告の切手


1938年発行オーストリア併合記念 ご存じの方もあると思いますが、私が中学卒業の年のことなので、いまでもよく覚えている話です。1938年4月発行のオーストリア併合記念のこの切手(ミッヘル#662)は、1民族1国家1指導者という文字で囲まれ、2人の青年の持つ旗は奇妙な形に翻っています。これはヒトラーの考えているドイツ領土の形になっているというのが当時の話題でした。

つまり、旗の形は併合したオーストリアだけでなく、チェコスロバキアの半分以上と、ポーランドの西部、東プロイセンにつながるポメラニアの、いわゆるダンツィヒ回廊を含みポーランドのかなり奥まで広げて取り込んだ形になっている、というわけ。このことは郵趣かだけでなく、世間でも話題になっていたようです。しかし、これを根拠にヒトラーに抗議するわけには参りません。あるいはドイツ語圏のこの程度までなら容認しても、といった列強の安心もあったかも知れません。また、本当にそんな意図でデザインされたものかどうか定かでありませんし、いま改めて見るといささかこじつけめいていますが。

しかし、その9月のミュンヘン会談で、それまでヒトラーが最後の領土だと宣言していたチェコの北辺、ズデーテンの併合が許されたまでは致し方無いとして、はたして翌年3月、ヒトラーはチェコスロバキアのボヘミア・メーレンとして領有し、また9月にはポーランドに侵攻してこれをソビェトと分け合っています。

ヒトラーはこのことを1年前に切手で予告していたというのが話です。もっともヒトラーは以後、この旗よりはるかに広く手を伸ばしていまいます。旗の範囲に止まっていたら、歴史が変わっていたでしょうが、変わらなかったのが歴史というもの。この4月30日はヒトラーがベルリンで1945年に自殺してから半世紀になります。切手のいきさつを聞くわけにはいきませんね。 (み) 部会報(1995年4月)

本原稿は部会で長い間会員管理、部会報の発送の役目を務められた(故)三輪さんのものです。

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